神戸地方裁判所 昭和41年(行ウ)2号 判決 1971年10月14日
神戸市兵庫区西多聞通一丁目五
原告
小泉正高
右訴訟代理人弁護士
木下元二
同
米田軍平
右訴訟代理人弁護士
野沢滑
右訴訟代理人弁護士
浜田耕一
神戸市兵庫区水木速二丁目五
被告
兵庫税務署長
仲磐男
右指定代理人検事
鎌田泰輝
同
松崎康夫
右指定代理人法事務官
風見源吉郎
同
上田保夫
同
藤田光正
同
葛本幸男
同
前田昭夫
右指定代理人大蔵事務官
内山勇雄
同
樋口正
同
安闘喜三
当裁判所は右当事者間の昭和四一年(行ウ)第二号所得税等決定取消請求事件につき次のとおり判決する。
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
被告が昭和四〇年一月一二日付でなした原告の昭和三八年分の総所得金額を三九八、八三〇円、所得税額を三一、六五〇円とする所得税決定処分及び無申告加算税三、一〇〇円の賦課決定処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 原告は帽子店を営んでいる者であるが、被告は原告の昭和三八年(以下本係争年という)の所得につさ、昭和四〇年一月一二日総所得金額三九八、八三〇円、所得税額三一、六五〇円、無申告加算税三、一〇〇円とする決定処分をなした。
(二) しかしながら、原告の本係争年における総所得金額は九〇、〇〇〇円であつて、所得税(また従つて無申告加算税)は課されないものである。
(三) そこで原告は、昭和四〇年一一月一〇日被告に対し右決定に対する異議申立をなしたところ、同年五月一日被告は原告の右異議申立を棄却した。そこで原告は同月二五日大阪国税局長に審査請求をしたところ、同年一〇月二六日同国税局長は右請求を棄却する裁決をした。
(四) よつて、原告は被告の前記各決定処分の取消を求める。
二 被告の答弁及び主張
(一) 原告の請求原因(一)及び(三)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は否認する。
(三) 原告は、神戸市兵庫区西多聞通一丁目五において、帽子小売業を営んでいる者であるが、本係争年分の確定申告をなさず、被告が本係争年分の原告の所得額につき、実額による所得計算をしようとしたところ、原告はその事業に関する帳簿書類を備えつけておらず、且つ、被告係官の質問に対し「仕入先等を調査するのは税務署の仕事で、それを言つてしまえばそちらの仕事がなくなるのではないか」等と言つて誠実な応答をしなかつた。また、本係争年に二階を増築してそれを貸部屋として賃貸していたが、その賃貸借契約書等の提示を求めてもこれに応ぜず、ただ建築資金の借入先等を記載した家屋建築費用明細を提示したのみで、被告の所得調査に対しては全く協力しようとしなかつた。そこで被告は、原告の所得を実額により計算することはもとより、仕入金額、収入金額等に基づいて推計することもできないのでやむなく、建築資金借入先等を調査したところに基づいて原告の所得総額を算定し、本件決定処分をなくしたものであるが、その後の検討により本係争年分の原告の総所得金額は左記のとおり一、四二七、三四七円を下るものでないことが推定される。従つて右金額の範囲内でなされた本件決定処分には何らの違法はない。
記
原告の総所得金額算定の計算内容
(1) 建物増加額 金一、六八一、一三〇円
(イ) 原告は、昭和三八年三月二六日訴外株式会社重田工務店に原告居住建物二階部分の増築並びに一階店舗の内装工事を依頼し、右工事は同年七月一〇日頃完成し、原告は同年内に右工事代金一、七〇〇、〇〇〇円を支払つた。
(ロ) 原告の右工事は、二階部分の増築工事がその大部分を占めるもので、原告は右増築部分を同年九月以降貸室として第三に賃貸した。
ところで右増築部分の減価償却費については、被告は「国定資産の耐用年数等に関する省令」(昭和二六年五月三一日大蔵省令第五〇号)の別表一、種類「建物」構造又は用途「木造」、細目「アパート用」に当るものと認め、耐用年数を二七年として、左のとおり算定した。
(ハ) よつて、(イ)の金額から(ロ)の金額を差し引いた残額一、六八一、一三〇円が本係争年内における建物増加額である。
(2) 預金増加額 八八、〇〇五円
被告は、原告の預金額について左のとおり算出した。
原告名義(協和銀行兵庫支店普通預金口座番号組四九三七)及び小泉光子名義(同上口座番号組一七二九)の預金について、各々本係争年分の年末在高から年首在高を差し引いて、左表のとおりその増加又は減少高を算出し、更に原告名義の増加額から、光子名義の減少額を差し引いた差額八八、〇〇五円が原告の預金増加額である。
(小泉光子は原告の娘であり、本係争年においては私立の高等学校に在学中で預金能力はなく、光子名義のものも、原告自身の預金であつた。)
<省略>
(3) 借入金増加額 △四〇〇、〇〇〇円
原告は本係争年中に訴外前田久雄、同有本一義から各二〇〇、〇〇〇円合計四〇〇、〇〇〇円を借入れている。(しかし、右のほか訴外武田斉から金三〇〇、〇〇円を借りたとの事実は否認する。)
(4) 敷金増加額 △四六〇、〇〇〇円
(5) 生活費 五一九、七九二円
原告は右に述べたごとく金一、七〇〇、〇〇〇円を要する建物の増築をなしうる経済力を有しており、右増築のためには右のよみに金四〇〇、〇〇〇円を借り入れたのみであり、その他特に既に有していた資産を処分したものではない。また原告は、二女光子を私立の高等学校に通学させていた。
右事実からして本係争年において原告及びその家族は平均的な生活を営んでいたものとみとめられる。
本係争年中に原告と生計を一にした家族は、原告を含め、次の四名である。
続柄 氏名 生年月日
原告 小泉正高 明治四一年二月一八日
妻 小泉すゑの 明治四五年一月一二日
長女 小泉敬子 昭和一六年七月一日
次女 小泉光子 昭和二三年二月一三日
ところで、総理府統計局調べによると、昭和三八年中の神戸市の全世帯年平均一ケ月間の消費支出金額は、平均世帯人員四・〇二人で四三、五三六円となつている。
そこでこれより神戸市民の一人一カ月の平均生計費を算定すると一〇、八二九円となる。
((消費支出金額43,536円)+(平均世帯人員4.02人)=(1人1カ月平均生計費10,829円))
よつて原告の生計費は、右一人一ガ月の平均生計費一〇、八二九円に原告の世帯人員数四名を乗じた五一九、七九二円と推算される。
((1人1カ月の平均生計費10,829円4(人)×12(月)=生活費 519,792円)
以上(一)ないし(五)の原告の資産及び負債の増減額等の調査の結果、原告の総所得金額は次の表のように金一、四二七、三四七円と推計される。
<省略>
(四) 本訴は、原告の昭和三八年分所得税につき被告が課税標準たる総所得金額を金三九八、八三〇円、税額を金三一、六五〇円とした各決定処分を取消すというにあり、審理の対象は右決定処分が違法であるか否かということになる。ところで課税標準たる総所得金額を確定する決定処分が違法であるか否かは、決定処分により確定された総所得金額が客観的に存在するか否かによつて決せられるのであるから被告としては決定処分の認定にかかる総所得金額を維持するためには、原処分当時採用したのと異なる計算方法によつて所得金額を計算することもでき、又、原処分当時存在していた事実は、その当時判明していたか否かを問わず、すべて訴訟において主張できる。よつて、本訴で原処分当時と異なる計算方法によつて、原告に所得がある旨主張することはなんらさしつかえない。そして、右推計金額の範囲内でなされた本件総所得金額ならびに所得税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分は何ら違法ではない。
三 被告の主張に対する原告の答弁
(1) 被告の主張(三)のうち原告が被告の所得調査に非協力的であつた事実は否認する。
所得税額は納税者が自主的に計算して申告し納税するのが原則であり、税務署長の所得実額の調査による更正または決定によつて税額を確定するのは例外である。まして税務署長の所得推計による更正または決定によつて税額を確定すのは例外の例外である。
ところで原告は、本係争年分の所得額について、説明するために数回にわたつて兵庫税務署に赴き、帽子販売による収入が僅少であることの実情及びその根拠を係官に説明した。
後日係官が原告方に来て、商品の販売の模様を長時間みていて全く商品が売れていない事実を知り、「これだつたら商売がえした方が良いのではないか」等と云つて帰署した。これらの点からみて、被告は、原告主張の所得実額を当然認めていたものである。
また、右にのべたように原告は被告に対しその営業状態を自主的に説明し、被告係官の営業場所への立入を認め、商品販売の実情を見せることから推計課税はみえない。というべきである(少なくとも小規模商人について常識的な所得推計方法である売上高調査による推計をとるべきである)。
(2) 被告の主張(三)の原告の総所得金額算定の計算内容のうち、原告が被告主張のような増築工事及び店舗内装工事をしたこと、原告が訴外重田工務店に右工事代金として本係争年内に一七〇万円を支払つたことは認める。
しかし、右工事に要した費用は原告が数十年にわたつて貯蓄してきたものであり、昭和三八年分所得とは無関係である。
原告は本係争年度中に訴外前田久雄、同有本一義から各二〇〇、〇〇〇円、訴外武田斉から金三〇〇、〇〇〇円合計七〇〇、〇〇〇円を借り入れたものである。
同じく(5)の生活費について。原告及びその家族は平均的生活をしていたとの点は否認する。即ち、次女光子は当時高等学校に在学しており、同人の学費及び家族の生活費の殆んどは原告の長女敬子の婚約者、親類、知人等からの借入金及び右増築部分の賃貸による敷金より出していたものであり、原告の妻も病身で営業の手伝いは出来ず、原告の子も病気勝ちの生活を送つている。その上商品の特殊性から本係争年における営業上売上高は皆無に等しい。
(3) 本件における訴訟の対象は原告の昭和三八年分所得税につき被告が決定した総所得金額三九八、八三〇円及び所得税額三一、六五〇円、無申告加算税三、一〇〇円の賦課決定処分を取消すというにある。従つて、本件処分の推計方法が合理的であるかどうかを問題とする本件において、被告は右所得金額決定に際して用いられた当該推計方法とその合理性を示すべきであり、これと異なる推計方法を主張することはできない。
第三証拠
一 原告
甲第一ないし第三一号証を提出。
証人小泉すゑの、同武井一範の各証言及び原告本人尋問の結果を援用。
乙号証の成立はすべて認める。
二 被告
乙第一ないし第三号証、第四号証の一および二、第五ないし第八号証を提出。
証人奥谷吉助、同假家久視の各証言を援用。
甲号証の成立はすべて認める。
理由
一 被告が、原告の昭和三八年分の総所得金額、それに対する税額、及び無申告加算税につき、原告主張のとおりの決定処分をなしたこと、この決定処分に対して原告のなした異議申立及び審査請求がともに棄却されたことはいずれも当事者間に争いがない。
そこで、被告が原告の同年における総所得金額(基礎控除をする前の金額、以下同じ)を三九八、八三〇円と認定してなした右決定処分の当否について以下判断する。
所得税法はいわゆる申告納税方式をとり(源泉徴収(代位納付を含む)によるもの及び予定納税に係るものを除く。)その納付すべき税額は第一次的には納税者の申告により確定し、その申告がない場合、又は申告に係る税額に過不足があると認められる場合に限り第二次的に税務署長が一方的に課税標準額の決定または更正を行ないこれに基いて納税義務者に納税告知を行なうことによつて具体的に税額を確定することにしている。
そしてさらに右税務署長が課税標準額を認定するにあたつては、まず納税者の協力-帳簿書類の整備、その検査の受忍、所得についての質問に対する応答等-を求め、直接の証拠によると間接事実によるとを問わず、直接所得そのものを認定する方法をとるべく、納税者の協力を得られないとき-帳簿書類の整備を欠きその記載が不明確であり、応答が誠実を欠き、その内容が虚偽であり、検査応答を拒否する等の場合-始めて所得を推計することが許されるものとするのが相当である。
ところで、証人假家久視、同武井一範、同小泉すゑのの各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は自己の昭和三八年分の総所得金額について被告に確定申告をなさなかつたこと、原告はその営業に関して帳簿書類等を備えてないこと、被告係員らが昭和三九年中に数回原告方に赴き仕入先を質問したところ明確な答えがなかつたので、同税務署管内の同業者が取引をしている神戸市及び大阪市内の卸売業者に原告との取引の有無につき調査したがいずれも取引がないことが判明したこと、不動産所得(同年中に原告宅二階に増築した部屋の賃貸による所得)に関して、被告の係員が増築した部屋の間取り入居者氏名、賃貸借契約書の呈示を求めたが、それについて原告の協力が得られなかつたこと(但し月額家賃、室数についての申し出はあつた)、の各事実が認められ、これに反する証拠はない。
ところで、右認定した事実のもとにおいては、原告の総所得金額を決定するにつき、原告の主張する売上高調査による調査方法では正確を期し難いことは明らかである。したがつてこのような場合、被告において諸方面から調査してできるかぎりの資料を集め、それ等から認められる間接的事実にもとづいて合理的に総所得金額を推計することが許されると解すべきである。また、被告はその推計の方法として、原告の生計費その他の支出額を算定し少なくとも右支出額相当の所得があつたものと推定する(さらにその生計費については、総理府統計局調べの理論生計費を資料とする)方法を採用するのであるが、右認定した事情のもとでは、この方法により総所得額を算出することは適法であるとみとめられる。
二(1) そこで、被告の推計の標準となつた個々の細目について検討する。
(イ) 所得を推定すべき理論生計費について。
被告は、昭和三八年中における神戸市民の全世帯年平均一カ月間の消費支出金額が平均世帯人員四、〇二人で四三、五三六円であるから、一人一カ月間の生計費は一〇、八二九円であり、原告方の生計費も右の水準に達していたものと推測すべきであるから、原告の支出した生計費は、右の金額に原告の家族数を乗じた額であると推定すべきと主張する。
そして成立に争いのない乙第四号証の二(昭和三八年度神戸市統計書-総理府統計局「家計調査年報」を資料としたもの-)の記載によれば、右の年平均一か月間の消費支出金額が被告主張のとおりであつたことを認めることができ、又昭和三八年中における原告方の生計を一にする家族数が四人であつたことは、当事者間に争いがない。
そこで、原告の同年中における生活程度が右の平均生計費を支出し得る水準に達していたかどうかにつき考えてみるに、成立に争いのない乙第一、第二、第七及び第八号証、証人武井一範、同假家久視、同小泉すゑのの各証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和三八年当時、原告の営業する帽子小売業は、以前ほど振わなかつたとはいえ無収入とはいえなかつたこと、原告自身の体も必ずしも頑健ではなかつたものの、建築手伝い等の雑役をして月二万円程度の収入をあげていたこと、一七〇万円を費やして(一部借入金によるにしても)賃貸用に二階増築工事を行ない、その賃貸収入として同年九月以降は月額二八、五〇〇円程度の収入を得ていたこと、一方長女は当時日本海運集会所に勤務しており、次女は私立の高等女学校(熊見女学院)に通学していたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。これらの事実からすれば原告の家庭は裕福であるとはいい得ないにしても本係争年における生活程度が神戸市における右平均生計費を支出し得る水準には達していたとみるのが相当である。
ところで右認定のように原告の長女敬子は本係争年中、日本海運集会所に勤務していたのであるから、同女は、右昭和三八年神戸市民一人の平均一カ月間の消費支出金額相当の額で原告の家計を援助していたものと見るのが相当である(さらに、特に右金額以上の額で原告の生計を援助したと認むべき証拠はない)。従つて原告が自己の所得から支出したとみられる生活費は右敬子の分を除いた家族三人分のものであるとみるのが相当であつて、結局原告が支出した本係争年の理論生計費は三八九、八四四円となるから、原告は少なくとも本係争年において右金額に相当する所得があつたものと認むべきである。
(ロ) 原告の預金増加額について。
成立に争いのない乙第二号証によれば、協和銀行兵庫支店における昭和三八年一月一日現在の原告名義の預金高は一八、〇七九円であり、同じく原告の娘光子名義のそれは二九二、三八〇円である。また、同年一二月三一日現在の原告名義の預金高は三五七、六〇三円であり、右年首在高と比較して三三九、五二四円増加しており、同じく同年一二月三一日現在の光子名義の預金高は四三、六六九円であり、右年首在高と比較してみると、二四八、七一一円減少している。ところで証人小泉すゑのの証言及び原告本人尋問の結果によれば、光子は当時高校在学中であり、同女の収入源としては夏、冬の休暇にアルバイトとしてスーパーマーケツト等で働く程度のものにすぎなかつたことが認められ、このことから昭和三八年一月現在、およそ右光子においては同女名義の預金のごとき(多額の)預金を有しえないと考えられ、又他方同年中に光子が預金額を二四八、七一六円も減少させる出費の必要があつた事情も認めることが出来ないので、結局右光子名義の預金も原告自身のものと認定するを相当とする(右認定をくつがえすに足りる証拠はない)。従つて、原告名義の右預金増加高と、光子名義の右減少高の差、九〇、八一三円が原告預金増加額とみるのが妥当である(なお、原告名義の預金が自己のものではないとする原告本人尋問の結果はにわかに措信しがたい)。
さらに原告の昭和三八年における預金利子が一、五八〇円であつたことは当事者間に争いがない。ところで利子所得は源泉徴収にかかる所得であるところ、右(ロ)で認定した預金増加額中には右預金利子が含まれていると考えられるからこの預金増加額から右預金利子の額を差し引いた金額八九、二三三円が原告が同年中に預け入れた預金額であり、又、これは原告の同年中における所得によるものと推定され、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。
(2) ところで原告は本係争年中の三月二六日、訴外株式会社重田工務店に自宅二階部分の増築及び一階店舗の内装工事を依頼し右工事は同年七月一〇日完成し引渡され、その工事代金一、七〇〇、〇〇〇円が右訴外会社に支払われたのであり(当事者間に争いがない)、成立に争いのない乙第一号証によれば、右支払は同年三月から七月にかけ、五回にわたつて分割して支払われ、七月一一日に完済されたことが認められる。
そして、右増築工事代金(一七〇万円)を調達するにつき、原告は、本係争年中に訴外前田久雄及び同有本一義から各金二〇〇、〇〇〇円を借り(当事者間に争いがない)、証人假家久視、同小泉すゑのの各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本係争年以前から株券を有しており、同年中にこれを換価して約七〇〇、〇〇〇円を得たこと、また訴外武田斉からも三〇〇、〇〇〇円程度の金員を借り入れたこと(証人武井一範の証言は右認定をくつがえすに足りない)がそれぞれ認められ原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨から原告は、更に右調達不足分を訴外有本修二から借り入れ、或いは自己のすでに有していた手持金を利用するなどして、右代金支払にあてたものと認められる。
してみると、原告は、右認定した各借入金、株式換価による金員をすべて右増築工事代金に利用し尽したものと考えられ、これをくつがえすに足りる証拠はない。
(3) 以上を綜合して考えれば、右(1)で認定した原告の生計費及び預金はいずれも右借入金及び株式換価によつて得た金員によるものではなく、もつぱら本係争年における原告の所得から出たものと解するを相当とする。
なお、右増築部分を賃貸するに際して得た敷金につき原告が四六〇、〇〇〇円受入れたことについては被告の自認するところである。しかしながら、証拠によるも右敷金が原告の生活費にあてられたと認めることはできず、むしろ以上認定の諸事実に弁論の全趣旨を綜合すれば、右の敷金は前記借入金の返済にあてられたものと推認することができる。
したがつて被告のその余の主張を判断するまでもなく本係争年中における原告の総所得額は右認定した原告の生計費及び預金増加額の合計額四七九、〇七〇円を下るものではない。
三 ところで本件は無申告者に対する総所得金額及び税額が決定された事案であるところ、税務署長は可及的に当該納税義務者の実質所得に近づくべく、合理的な方法により、その収入、支出の状況、事業の規模その他によつて所得の金額、損失の額を推計して決定をなし得るのであり、右決定処分の適否は同決定の認めた所得が客観的に存在したか否かにあるのであるから、当該決定処分の取消訴訟において税務署長がその決定した所得の存在を明らかにするため、決定の当時考慮しなかつた収入、支出等の費目を主張立証し、又決定の際とは異なつた算定方法によつて所得金額を主張することも何ら違法ではなく、当該訴訟において税務署長の決定した額以上の所得金額が主張立証されれば右決定処分は取消しえないものと解するのが相当である。
したがつて右に認定した推定所得額の範囲内でなされた本件課税総所得金額についての決定処分は適法と解すべきである。
四 次に税額及び加算税額について考える。
右適法と認定した総所得金額から所得税法(昭和三七年法第四四号による改正法。以下同じ)一二条により基礎控除額(一〇七、五〇〇円、昭和三八年法第六六号附則第四条による)を控除した額(三七一、五七〇円)が原告の課税総所得金額となる。(なお、右認定したとおり原告は無申告であるので配偶者及び扶養控除に関する規定の適用はない(同法二八条))。
ところで所得税法別表一より右認定した課税総所得金額に対する税額は四三、三五〇円であり(同法一五条一項)またこれに対する無申告加算税は四、三〇〇円である。(国税通則法六六条、九〇条一、三項)。したがつて右税額の範囲内で行なわれた本件税額及び無申告加算税の決定処分もともに適法と解すべきである。
五 以上のように、本件各処分はいずれも正当であり原告の請求はすべて理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田久太郎 裁判官 須藤繁 裁判官 片岡博)